ねむい休日
八戒は雑誌をめくる手を止め、壁にかけられた時計に目をやった。
午前10時過ぎ。いつもならば仕事に追われている時間。


しかし今日は特別な日。八戒にとって一年で一番大事な日。


昨夜遅くまで残業して作り上げたコンペティション資料の上に有給休暇届を置き、無理矢理承認印を押させた。

(今日の為に1週間もに逢わずに片付けたんですから、当然ですけどね。)

上司であり友人でもある、紫暗の瞳の持ち主の罵声を背に退社した八戒は、車を恋人の元へ走らせた。
そのままをマンションに連れ帰り、夜明け近くまで求め合った。
細身の身体の何処にそれほどのスタミナがあるのか不思議な八戒はそれでも、
いつもよりやや遅めとはいえ起きることができたのだが、は未だに寝室で昏々と眠っている。

(ちょっと、無理をさせすぎてしまいましたか…)

自覚があるだけに起こすのも気がひけるが、このままでは彼女が眠ったまま一日が過ぎてしまいかねない。
八戒は隣室に向かった。


…起きてますか?」

小さなノックのあと、八戒は静かにドアを開いた。
規則正しい寝息が、の眠りの深さを八戒に伝える。

八戒はベッドの端に腰を下ろし、の顔を覗き込んだ。

「そろそろ起きませんか?」
「…………やぁ……まだね…む……ぃ…」

寝言のような言葉を呟きシーツの奧に潜り込もうとするの仕草が可愛くて、その唇にキスを落とす。
離れていく八戒の唇を追うように顎を上げたの仕草が触れるだけのキスに物足りなさを感じているかに見えて、
八戒は自分の中から湧き起こる誘惑をやり過ごすのに苦心した。

「………………はっか…い……?」
「ようやくのお目覚めですか?お姫さま」

うっすらと開かれたの瞳が焦点を結ぶ。
そこに残った感触を辿っての指が唇に触れる。

「………………なにか、した?」
「眠れる姫君を起こす伝統的儀式を少々♪」

不審そうに尋ねるが上半身を起こすのを手伝いながら、八戒が臆面無く答える。

「ねっ…寝ぼけてる間にそういうことしないでって言ったのに…ぃ……」
「だって、寝ぼけたは自分に素直でとても可愛らしいですから」

つい、とにっこり答える八戒に対して、には抗う術もなく。
膝を立てて赤く染まった顔を隠してしまう。

。起きて何処かに出かけませんか?」

その髪をそっと撫でながら、八戒がそう切り出す。

「お出かけ?」
「ええ。行きたいところはありませんか?
 …そう言えば、この前、見たい映画があるって言ってましたね。見に行きましょうか?」

その言葉に、は暫く思案した。

「映画…もいいけど…………ねぇ、八戒。何処でもいい?」
「勿論。何処がいいですか?」

再度問う八戒には満面の笑みを見せて答えた。

「八戒の家」
「…って、ここじゃないですか」

のシンプルな答えに、八戒が拍子抜けたように言った。

「うん。今日は映画よりも八戒をずっと見ていたいの。
 ……1週間逢えなくて寂しかったのは、八戒だけじゃない……んだから、ね」

語尾が小さくなっていくの言葉。八戒の胸にただ愛おしさが込み上げてくる。

「寂しい思いをさせちゃったんですね…すみませんでした。
 それじゃ今日は一日、家でゆっくりしましょうか」
「うん!」

*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*

、そんなに見つめられたら、緊張しちゃうじゃないですか」

2人は軽くブランチを取ったあと、午後の陽差しの射し込むリビングで思い思いにくつろいでいた。
雑誌の続きを読んでいた八戒が苦笑混じりに顔を上げ、に向かって言う。

「ん…だって好きなんだもん」
「僕の顔が、ですか?」

しょってる〜っとひとしきり笑い合った後、改めた風にが言った。

「勿論、八戒は好きよ。顔だけじゃなく全部。
 それもあるけど、こうやって八戒と居る空気が好き。
 あったかくて…あたしが一番しあわせな気分になれるのは
 やっぱり八戒と一緒にいるときなんだな…って思って」

言葉通りに幸せそうな笑みを浮かべる
その笑みに心を奪われた八戒は、思わず口を滑らせた。

「ええと…本当はこの話は夕食のときにしようと思っていたんですが…
 …僕今度ここを引っ越そうと思うんです」

今までの話の流れから逸脱した話題に、は戸惑った。

「え?そうなの?…ちょっと残念かな…」

八戒の部屋はにとっても思い出が詰まった部屋。
残念がるに、深い笑みを見せながら言葉を続ける八戒。

「ええ。この部屋もいいんですけどちょっと手狭かな、と思いまして……二人で暮らすには」
「……え?」

の動きが止まる。
八戒はポケットから小さな箱を取り出した。箱の中にはジュエリーボックス。そしてその中には…

「僕と生涯を共にしてくれませんか?…必ず、貴女を幸せにします」

の瞳が零れんばかりに開かれる。その瞳から涙が溢れた。

「……八戒の…馬鹿。あたし、これ以上幸せになったら…きっと死んじゃうわ…
 だから……………………一緒に、幸せになろ…?」
「………」

どちらからともなく抱き合う2人。その唇が愛を誓って重ねられた。
2003.10.22 up