たとえば君が 傷ついて くじけそうに なった時は

最遊記 Believe


「もしも、僕がこの旅を降りると言ったら貴女はどうしますか?」
宿の二人部屋で。
ベッドの端に腰を下ろしたに珈琲を差し出しながら、八戒はそう切り出した。
「…八戒、旅を降りたいの?」
受けとったマグカップを両手に包んで一口飲んだが、ワンテンポ置いて尋ねた。
「『もしも』ですよ。今のところはその予定はありません」
八戒もマグカップを片手に、もう一つのベッドへと向かい合う形で腰を下ろす。
「無意味な仮定ね」
そういうと、は関心無さ気に顔を伏せた。珈琲の芳香を確かめるように目を閉じる。
「あの人達放って他の生き方できるなら、最初から旅には加わってないんじゃない?」
壁を指さし、壁向こうの二部屋に泊まる3人を示す
「それはそうなんですけどね…」
聞きたいのはそう言うことではなかったのだが…話が妙な方向に傾いている気がする。
苦笑いを浮かべて八戒もマグカップに口を付けた。
どこか緊張感の漂う沈黙が二人を支配する。

「もしも、八戒が旅を降りるって言ったら…『好きにすれば?』かな…」
珈琲の黒い水面を見ながら、がぽそりと呟く。
「…止めて…くれないんですか?」
八戒の言葉が僅かに震える。
彼女の口から、自分を突き放す言葉が出ることは想定していなかった。
「だって、止めて欲しくて言い出す訳じゃないでしょ?
 八戒の事だから、考えに考えて出した結論だろうし。
 そんな結論ひっくり返せるのなんて、あの金髪俺様坊主くらいなものよ」
再び壁を指さす。
…なにか怒ってます?」
「別に」
即答での短すぎる否定が逆に八戒の言葉を肯定している。
「…………」
マグカップを置いた八戒が両手を組んで膝に乗せる。
魅入られそうな深緑の瞳で真っ正面にを見据える、八戒お得意の待ちの姿勢。
5分と持たずに、の怒気が萎縮する。
「……だいたい」
八戒の視線に耐えかねてが口を開いた。
「だいたい、設問がおかしいのよ。
 あたしが、そんな結論を出すまで思い詰めてる八戒に気付かない時点で!」
その言葉にようやく、が怒っている…否、拗ねている理由に気付く八戒。
喜びに緩む口元を隠して、現状への対処に思案する。
「…
「何?」
耳から胸に流れ込む甘い酒のような声を無視することもできず、は短く返事を返した。
八戒はベッドから立ち上がるとの耳元に口を寄せ、そっと囁く。
「そのふくれっ面の尖った唇に…キスしてもいいですか?」
「っ!」
間髪入れずのマグカップを奪いサイドテーブルに置くと、彼女の唇を覆うように八戒のそれが重なった。
深く一度。次いで宥めるように啄んで三度。そしてもう一度…。
の唇を解放した八戒は、俯いたその顔を見上げるために彼女の前に跪いた。両手を伸ばし、包み込むように頬に触れる。
「…ふ、普通、許可を求めるなら返事を待ってしかるべきなんじゃないっ?」
目の縁を紅く染め、抗議の声を上げる。その瞳にはうっすらと涙がにじんでいる。
「すみません、貴女があんまり可愛いことを言うから…待ちきれなくなりました」
「……最初から待つ気なんてさらさら無かったくせに…」
しれっと謝る八戒の言葉に恨みがましくが呟く。
「ねぇ、…もう一度聞きますよ。
 もしも、僕がこの旅を降りると言ったら貴女はどうしたいですか?」
先程の問いとは似て非なる問い。
「……またそう言うことを言う…」
判っているくせに…と途方に暮れたように呟く
しかし八戒は滅多に人に縋ることを良しとしない彼女に縋って欲しかった。
「……言…いたい…よ、『行かないで』…って…。でも…」
「はい、よくできました。『でも』の後は要らないんですよ。
 貴女に必要とされたいのは僕の方なんですから」
もっと頼って欲しい。もっと望んで欲しい。
(貴女の心が…貴女への心が、僕を現在に留め未来へと導くんですから)




◆おまけ◆
「もしも、あたしがこの旅を抜けたいって言ったら、八戒はどうするの?」
「それはもちろん……撤回してもらうためにも僕から離れられなくして差し上げます(にっこり」
「…………絶対言わない……(汗」
「勿論そんなこと言い出さなくてもそうするつもりですけどね♪なんなら今からでも構いませんよ♪」
「八戒…(滝汗」


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