たったひとつのあの日の星は この胸に輝いてる ずっと
最遊記 メジルシの記憶
ねぇ…笑っていて……
「あれ?ってばまだ起きてないの?」
肩に掛けたタオルで洗った顔から滴る水を拭いながら、悟空が誰にともなく問いかけた。
こういう場合、大概答えるのは八戒。
「そうですね。昨日までの野宿続きで疲れてるんでしょうけど…もうすぐ食事もできますし、
悟空、起こしてきてもらえませんか?僕、手が離せないもんで」
この宿は賄いが付いていないので、八戒が朝食の支度をしている。
旨そうな匂いを漂わせている朝食片手の八戒からのお願いは悟空にとって至上命令に等しい。
「うん判った!」
ぱたぱたと足音けたたましく悟空はの部屋に向かった。
あの人たちが君の笑顔を望んでいたから…
「っ!朝だよ〜っ!!八戒の旨い飯が待ってるよ!!」
ばたん!と扉を開けての部屋に飛び込む悟空。そのままベッドに駆け寄る。
「……?」
は目を閉ざしたまま涙を流していた。
「っ?どうしたんだ?」
その様子に悟空は慌てての肩を揺すり、目を覚まさせようとする。
「…………ごく…う?」
うっすらと目を開けたがどこか舌足らずな口調で目の前の人物の名を呼ぶ。
「なんで泣いてるんだ??悲しい夢でも見…………って…!?」
ふいにが悟空を抱き寄せた。
「…なっ…なっ…」
悟空の脳裏に、ばきぼき指を鳴らす悟浄や不機嫌MAXの三蔵、黒笑み全開の八戒の顔が浮かぶ。
「……悟空…今、しあわせ?」
「え?」
脈絡のないの問いに悟空の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
の言う“今”というのはこの状況ではないだろう。それは悟空にも判る。
「しあわせ?」
の再度の問いかけに、悟空は一生懸命考えた。
悟浄には始終からかわれるし、三蔵には頻繁にハリセンで殴られる。
八戒は自分には優しいけど、ときどき笑ったままで怒るのは見ていて恐ろしい。
それでも…
彼らから離れようとは思わない。誰かひとり欠けるのもイヤだ。
だとしたら…今の現状は…
「しあわせ、だよ」
これをしあわせと呼ぶのではないか、と悟空は思った。
「……そう……よかった」
はらはらと涙を流しながら、が微笑んだ。それは見ている方が痛くなるような笑みで。
君を護れたことを誇りに思っていただろうから…
「ねぇ……悟空、笑って?」
の言葉に、悟空は精一杯笑ってみせた。
「…………あれ?」
それから暫くして、の口調がいつものものに戻る。
「……起きた?」
安堵の表情を浮かべて悟空がシーツでの顔を拭う。
「ごめん、あたし寝ぼけちゃった?」
「うん。焦った〜。いきなり泣きながら抱きついてくるんだもん」
慌てて抱きしめた腕をほどきながら謝るとそれを笑い飛ばす悟空。
「……なんか、悲しい夢でも見た?」
さっき問いかけた言葉をもう一度口にする。
「う〜ん…よく覚えてない…けど……せつないけど幸せだったような気がする」
「なんだそれ?」
「なんだろうね?」
ふたりは顔を合わせて、くすっと笑った。
「八戒が朝飯つくったんだ。冷める前に食おうぜ!」
「やだ、もうそんな時間!?何か手伝うつもりでいたのに」
悟空の言葉にが慌てて身支度を始める。
「早く着替えて食べに来なきゃ、残しておかないかんな!」
「すぐ行くから!」
が着替えを用意しはじめるのを見て、悟空はの部屋を出た。
『今度こそ、皆で幸せになろうね』
着替えに袖を通しながら、ほんの一瞬、そんな言葉がの胸を通り抜けた。
「…………なんだろ?今の」
とても大事なものだったような気がする。
それは頭が覚えていなくても、魂が忘れない。
メジルシの記憶。
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