sai yu ki

最遊記 act1. 02


が同乗してから日暮れ間際までジープで走り、森の中まで進む。
すこし拓けた広場を見つけ、今夜の仮の宿とすることにした。
が持ってきた食糧を簡単に調理するのは八戒との役目、その肩にジープが纏わり付く。
薪採り、および近くの水場まで水汲みにいくのは悟空と悟浄の役目。
例によって三蔵は我関せずとばかりに煙草を燻らせている。

「八戒、これ…よければ使って」
が八戒に差し出したのはピンクの目薬。
「三蔵や悟空、悟浄のお土産は、聞いた話から割と簡単に決められたんだけど、
 八戒の嗜好品って、観音さまもよくわからなかったみたいで。
 ずっと運転手やってるって聞いたから、運転の後は目が疲れるかな、と思ったんだけど…」
要らないかなぁ?とやや不安げに首を傾げる。
ちなみに全員呼び捨てなのは、ここまでの道中『三蔵だけ呼び捨てってずるぅ〜い』と
主張した悟浄の提案によるものである。
「ありがとうございます。遠慮無く使わせてもらいますね」
笑みを深くして八戒は受けとった。
右目が用を為さない分、どうしても生身の左目に負担が掛かる。
人間であったなら、更なる視力低下は免れなかったであろうほどに。
「……観世音菩薩からは僕たちのこと、どの程度聞かされているんですか?」
ふと疑問に思って八戒は尋ねた。
「名前と身体的特徴、性格とか嗜好を簡単に。
 “初見で困らねぇ程度のことは教えてやる。あとは手前ぇで観察しな。退屈はしねぇ連中だぜ”だって」
観世音菩薩の口調を真似てくすくす笑う
自分の性格についてなんと言われているのか気になるところではあるのだが。
「それじゃ、今度はチャンの自己紹介を希望したいんだケド?」
いつの間にか薪を集めてきた悟浄が会話に割ってはいる。
「おかえり、悟浄。自己紹介、っていわれても…名前は、年齢は21。
 身体的特徴は…見ての通りだし、本人が言う自分の性格なんて当てにはならないでしょ?
 嗜好品は…甘いモノが好き。お酒も好き。…それくらい?」
「おっ、酒もイケるクチ?明日、街に着いたらふたりでどーよ?」
「ん〜、みんなと一緒がいいな」
ごく自然に腰に廻された手をいなしてがにっこり笑う。
「さりげにガード堅いねぇ…」
空いた手を所在なげにしながら悟浄がつられ笑いを浮かべる。
「こらぁ!エロ河童!!サボんな!それとに馴れ馴れしく触んな!」
水の入ったポリタンクを両手に下げて水場から戻ってきた悟空がそれを見て喚く。
「へっ、お前に言われるスジじゃねぇな。重労働は馬鹿力が取り柄の猿がやってりゃいいんだよ!」
「んだと!このゴキブリ河童!!」
途端に始まる罵り合戦。
「困った人たちですねぇ」
にこやかに言う八戒に同意の笑みを零すと、は二人の間に割って入った。
「お疲れさま、悟空。重かったでしょ?一個持つわ。
 悟浄。集めてくれた薪で火をおこして欲しいんだけど…お願いしていい?」
がそう言いながら悟空の頭を撫で、足下に置き忘れられたポリタンクをひとつ持ち上げた。
「い…いいよ!俺ならこれくらい全然平気だし!の方が重そうじゃん!」
一瞬呆然と撫でられた頭を抑えた悟空は、が持ち上げたポリタンクを慌てて取り上げる。
赤い顔のままもうひとつも持ち上げると、荷物の方へ持っていった。
「悟空は優しいね」
「俺も優しいぜ、レディ限定だけどな」
悟空の背中を見ながら言うに悟浄がアピールして、薪を纏めるべくかがみ込んだ。
その頭にの手が触れ、優しく撫でる。
「え?」
ふわりとした感触に悟浄が顔を上げる。
「え?悟浄も撫でて欲しそうだなぁ…って思ったんだけど…違った?」
きょと、とした表情の
三人のやりとりを見ていた八戒はぷっ、と吹き出した。
「悟浄、あなたに悟空と同年代扱いされてますよ」
18歳の頭を撫でて褒めるのもどうかと思うのだが。
「…イヤだった?」
固まっている悟浄に心配そうに問いかける
「…………い…いや…なんつーか…オニーサンちょっと照れちまったよ」
不安気な顔のに笑ってそう答えると今度こそ薪を纏めるべく下を向いてしまう。
『悪くねぇ…なんて言えるかって』

「んでさ、三蔵とって、どういう知り合いなんだ?」
たき火を囲んでインスタントコーヒーを飲みながらくつろいでいたとき、
ひとりだけ果物を食べていた悟空がふたりに問いかけた。
はちらりと三蔵を見たが、答える様子もないのを見て口を開く。
「三蔵のお師さまが、よくうちの寺に来られていたの。三蔵を連れて」
「寺って…も寺に住んでたの?女の人なのに?」
悟空が尋ねる。寺院は女人禁制。例え幼子といっても住むことなどできないだろう。
「寺って言っても尼寺だったから、うちは。
 あたしの母さんは出家したとき既にあたしを身籠もっていたらしいの。
 だからあたしは寺で生まれ育ったってわけ」
母親のことを口にするとき、の声のトーンが少し落ちた。
「そういえば『自分の身くらい護れる』って仰ってましたけど、武術かなにかされるんですか?」
母親の話はタブーと感じた八戒が話題を変える。
「我流だけど刀が使える。あとは…いろいろ。機会があったら見せるね」
なんだか遠からずありそうだし。と、は視線をふと逸らせる。
「お客さん、か。……ったく、食後のひとときくらい平穏に過ごさせろっての」
「折角腹一杯になったのに、また減っちまうじゃんか!」
悟浄と悟空が、己が得物を具現化させる。
「まだ食糧には余裕があるから大丈夫よ、悟空。終わったらまた何か作ってあげる」
やんちゃな弟を見る目で、が悟空を宥める。
「やめとけ。
 そいつが腹を減らすたびに食い物を宛っていたら、食糧なんぞいくらあっても足らん。…………
三蔵が懐から銃を取り出し弾を確認しながら呼びかける。
「ん?」
「あれだけ大口を叩いておいて醜態晒しやがったら嗤ってやるから覚悟しろよ」
「あたしが遅れを取るとでも?」
挑発的な三蔵の言葉に挑発的な態度で返すだが次の三蔵の言葉に表情を強張らせた。
「手前ぇの技量なんざ心配しちゃいねぇ」
一瞬の沈黙が二人の間を走った。
「…………肝に銘じておく」
はかろうじて出た声で三蔵に告げる。
「なんか……ふたりだけで解り合っちゃってない?」
不平そうな悟浄の台詞に、大きく頷く悟空と内心で同意する八戒。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ。…来るぞ」

「玄奘三蔵一行!!経文貰い受け…」
“がぅん!”
襲撃者の口上半ばに火を噴く昇霊銃。それを合図に5人が散開する。
「ぅひゃぁっ、女だ!生け捕りにして嬲れ!!」
「…っ!?っ、武器は!?」
徒手で佇むに妖怪達が殺到するのをみて八戒が叫ぶ。
「心配しないで、ちゃんといるから。…………おいで《風牙》」
が言葉と共に右手の人差し指で宙に横一文字を描く。
その一文字を基に彼女の右手に風が集まったかと思うと一振りの大きな甲刀が現れた。
次の瞬間、現れた甲刀を一閃させ、飛びかかってきた妖怪達をなぎ倒す
「つえぇ…」
悟空の口から感嘆の言葉が漏れる。をフォローする必要なしと踏んだ3人はそれぞれ自分の目の前の敵を倒すことに専念した。

「さぁて、終わった終わった。…しっかし、チャンってばなかなかやるジャン」
死屍累々と積み重なる妖怪の死骸を意に介せず、悟浄がに向かってウインクする。
「お褒めに与り恐悦至極。それにしても…話には聞いていたけど馬鹿げてるくらい数が多いのね」
足下を気にしながらは皆の元へ歩み寄った。
「そうですね。でもそのうち慣れますよ。残念なことですが、ね…。
 ところでその刀は一体?、あなた…人間ですよね?」
妖怪ならば妖力を具現化して武器とすることができる。しかし人間にできる技ではない。
「あ、この子?《風牙》って言うの。《風牙》、ご挨拶なさい」
の言葉と同時に刀が変形を遂げた。現れたのは小犬程度の大きさの蒼く輝く生物。
外観のイメージとしては風でできた狼の仔、という感じだ。
「すげー、なにこいつ?ジープみてぇに変身するんだ?」
「風精…か?」
瞳を輝かして臆することなくその生物を抱きかかえる悟空と目を眇めて見る三蔵。
「そうらしいね。4年くらい前…かな?拾ったの」
「…フツー落ちてるよーなもんじゃないっしょ……?」
事もなく答えるに悟浄がぼそりとツッコむ。
「道理でこの子を見ても驚かないわけですね」
「むしろソイツがこの類のを模倣して作られた、ってとこだろーな」
自分の名を呼ばれて飼い主の肩にすり寄ったジープを見て八戒と三蔵がそう言う。
「《風牙》、今お前を抱いてるのが悟空。で、三蔵、悟浄、八戒。八戒の肩に乗ってるのがジープ。
 …覚えた?」
《風牙》に一人一人指さしながら紹介する
「……チャン、なにやってんの?」
「みんなのこと覚えさせてるの…ちょっと悟浄、腕貸して?《風牙》、おいで」
《風牙》が再び甲刀に変化し、の右手に収まる。
は左手で悟浄の右手を掴むと、その腕に無造作に斬りつけた。
「…ってぇ!…………くねぇ……どーなってんだ?」
まじまじと自分の右腕を眺める悟浄。腕には傷一つ残っていない。
「《風牙》は覚えた人は傷つけないから」
「……便利だねぇ」
「うんv」
何処かずれていると悟浄の会話に、呆れた顔をしているのが一人、苦笑しているのが一人、
訳がわからないなりに『すげー』という表情を浮かべているのが一人。
「とりあえず、野営の場所を移動しましょうか?」
固まりかけた雰囲気に救済の手を伸ばしたのはやはり保父さんだった。

戦地となった最初の野営場所から風上に少し離れた場所を改めて野営場所とした。
最初はもジープの上で寝ていたのだが…
「…痛い……」
寝ている悟空に殴られor蹴られること十数回。
(無理。寝てらんない……)
はジープを降り、木の根本に毛布ごと踞った。
目を閉じて浮遊しかけた意識に触れてきた音。
(…あ…水の音…………)
ふらり、と立ち上がり、音の方へ向かった。


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