sai yu ki

最遊記 act1. 03


「あれ?どうしたの?八戒?」
は水辺に仰向けに寝そべったまま、上──本人を基準にしての、だが──を向いて視界に捉えた人物に声を掛けた。
「それはこちらの台詞だと思うんですけど」
八戒の笑みに苦笑いが加味される。
「眠れませんか?」
穏やかに、八戒が問いかける。
「ん〜、野宿ってあんまり経験ないからかなぁ…」
どこかぼんやりと笑いながらが答える。
「環境が変わるとそういうこともありますね。でも水辺の冷気は身体に毒ですよ?」
「平気。気持ちいいからもう少しここに居たいの。
 八戒こそ寝なきゃダメだよ。運転手さんなんだから」
本題に触れさせない言葉。本音を見せない笑み。
『なんだか、やりにくいですね…』
悟浄あたりが聞けば噴飯物のコメントを内心に留め、次に打つ手を考えたが、
結局、ストレートに言うのが一番早いと判断する。
「大丈夫ですよ。僕、こう見えても結構タフですし。
 それよりもう少し貴女とお話していたいんですけど…ダメですか?」
「ダメじゃないけど…」
少し困った風な笑みで言葉を濁すに、じゃ失礼しますね、と短く告げ、半ば強引に彼女の横に同じように寝転がる。
「ああ、星が綺麗ですねぇ」
「……あ、ホントだ…」
初めて気が付いたという風なに気取られぬように、八戒は小さくため息をついた。
仰向けに寝転がったこの女性は、空を見上げて星を見ず、何を思っていたのだろう。
「ねぇ、
「ん?」
「貴女はどうしてこの任を受けたんですか?
 あのときは『拒否権がない』って言ってましたけど、幾ら寺育ちとはいえ
 貴女自身が仏門に帰依している訳ではないでしょう?」
「……」
「確かに貴女は強い。でも、この旅は危険です。
 今日の戦闘の前に三蔵が貴女に言った言葉について考えていたんです。もしかして貴女はこの旅で…」
「違うよ、八戒」
きっぱりとした口調で八戒の言葉を遮る
「違う。あたしは死地なんか求めてない。…三蔵にはあたしの弱さがそう見えたみたいだけどね」
「弱さ?」
「一人で立っていられない弱さ……あのね、八戒。
 あたしにはこの旅を断っても留まるところが…帰る家がもう無いの。
 あたしの留守中に、妖怪に襲われて…………」
の瞳からつ…と一筋の涙がこぼれた。
…」
身を起こしを見つめる八戒。
は両腕を自分の目の前に翳した。涙を隠すように。
「……ごめん、八戒。一人でいさせて欲しいの。明日にはまた笑えるようにするから」
そこにあるのは拒絶。立ち去ることを望まれている。それは判っている。だが……
「…『It's not possible to laugh alone even if it's possible to cry alone. 』」
「え?」
突然八戒が呟いた異国の言葉に、おもわず聞き返す
「『独りきりで泣くことはできても独りきりで笑うことはできない』…歌の一節です。
 でも僕は貴女を独りで泣かせたくもないんです。
 …貴女が本当に笑えるようになるまで、こうしていてもいいですか?」
八戒は顔を覆っていたの手を取りぎゅ、と強く握りしめた。
「……どう…して…?」
繋いだ手から伝わる温もりに、の声が震える。
「気になるんです。今の貴女は昔の僕に似ている。
 ああ…でも、だから、ではないんです。僕は貴女の本当の笑顔を見たい。ただ…それだけなんです」
昼間の三蔵とのやりとりのときは兎も角、それ以降の彼女の笑顔は偽りではないだろう。
ただどこか違和感を感じていた。それは隠しきれていなかった憂いの所為。
「……そんな、大したもんじゃないよ、あたし。……でも、ありがとう」
縁が赤くなった瞳で、はふっと微笑んだ。

「ああ、東の空が明るくなってきましたね…」
それから、とりとめなく会話を重ねるうちに、空が白み始めた。
「八戒…ホントに運転大丈夫?」
心配げに問いかけるに八戒はにっこり微笑んで答えた。
「大丈夫ですよ。ああでも、そうですねぇ…………」


そうして。
「……ったく、いーよなー。抜け駆けかましやがって」
「ぐだぐだ言うな。適材適所、というやつだ。」
「余裕こいてオサナナジミ取られてんじゃねーよ、生臭坊主」
「……くだらんことを」
「でもさぁ、いい顔してるよな。二人とも」
悟空の言葉に、三蔵と悟浄は言い争いを止め、後部座席を見る。
そこには運転を悟浄に任せた八戒と、憑き物が落ちたようにさっぱりとしたが二人仲良く肩を並べて眠っていた。


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