sai yu ki
最遊記 act2. 01
いつもの通り刺客の妖怪達を退けた三蔵一行。しかし…
「!?その血…怪我したのか!?」
悟空が右肩から左脇にかけて赤く染まったの身体を見とがめた。全員の視線がに集まる。
「ううん、自分の血じゃないから…」
慌てて否定する。
「珍しいじゃん、チャンが返り血浴びるなんて」
「気持ち悪いですか?…そうだ、さっき泉が見えましたよね。
三蔵、ほんの少しだけ戻ることになりますが…構いませんよね?」
「……………………好きにしろ」
質問の形式をとっただけの八戒の行動宣言と、衣服についた血を厭うの表情に
眉間に皺こそ寄せたものの、三蔵は比較的あっさりと寄り道を認めた。
「あ〜気持ちよかった♪」
泉の傍、しかし直接泉が見えない場所に停められたジープのところに、
水浴びを終え、予備の服に着替えたが戻ってきた時、他の4人は昼食を終えたところだった。
「よかったですね。さ、の分はこちらに残してありますからちゃんと食べてくださいね」
八戒が、確保しておいた食事をに差し出す。
「なぁ、が食ってる間に俺も水浴びしてぇ」
「それもそうだな。今日は結構暑いし、さっきので余計な汗まで掻いちまったし」
「僕も、せめて手足くらいは水に浸したいところですね」
口々に主張する3人に、三蔵はため息をついた。
「。何分で食い終わる?」
「え?えっと…20分くらい…かな?」
自分の食べる早さと、3人の水浴びに要するであろう時間を鑑みて答える。
「15分で戻ってこい。遊んでんじゃねぇぞ」
その言葉に、泉に向かって駆け出す悟空と悟浄。
「三蔵は行かないんですか?」
「行かねぇ」
自分の問いに素っ気なく答える三蔵を見て、八戒の笑みが深くなる。
「……そうですね。ひとりじゃ寂しいですもんね。
それじゃ、僕も行ってきます。のことはお願いしますね」
3人分のタオルと着替えを用意して、八戒も泉に向かった。
「三蔵…あたしなら……」
「余計なこと言ってねぇでしっかり食え」
の言葉を遮って、三蔵はマルボロ片手に新聞を広げた。
「はぁい」
間延びした返事を返してフォークを手に取る。
食器の擦れる音と、咀嚼する音がリズムよく流れる。
「……ねぇ三蔵」
「なんだ?」
そのリズムを途絶えさせて、が三蔵に呼びかけた。
視線を新聞から上げないまま三蔵が応える。
「ありがと」
「……ふん」
かさり、と新聞をめくる音がした。
「「「うわぁ〜〜〜っっ!!!」」」
泉から悲鳴とも絶叫ともつかぬ声が聞こえたのは、が昼食を半分ほど食べた頃だった。
「な…なに?」
「ふざけてやがんだろ?ほっとけ」
は食器を置いて腰を浮かしたが、三蔵は素っ気なく言った。
「でも…今の声、なんだかおかしかったよ?……ちょっと行って来る」
は泉の方に向かって駆け出した。
言われてみると少し甲高い声だった気がする。
そう思いつつも再び新聞に視線を落とした。
『何かあったところで、手前ぇらでどーにかすんだろ』
この一行の基本スタンスである。
しかし…
「きゃぁ〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
の叫び声が耳に届いた瞬間、三蔵の足は泉に向かった。
「っ!どうし…………」
の背中に問いかける三蔵の言葉が途切れる。
「さ…さんぞぉ…これ……」
固まった三蔵との目の前にいるのは、泉に身体の殆どを浸した…
茶色の髪に金目の3歳くらいの幼児、紅の髪と瞳の7歳くらいの少年、
そして黒髪に緑の瞳の、同じく7歳くらいの少年。
「どうしよ三蔵。みんな可愛すぎ……」
「……………………そういう問題じゃねぇだろ……」
さっきの叫び声は悲鳴だったのか喜声だったのか…三蔵はこめかみを押さえた。
「……で?」
とりあえず、ジープのところに戻りあり合わせで服を用意して。
落ち着いたところで不機嫌ゲージ急上昇中の三蔵が3人に問いかけた。
「『で?』も何も…あの泉に浸かって暫くしたら急に身体が縮んでしまって。
気が付けば見てのとおりです」
八戒が自分の身体を見まわしながら答える。
「でも、あたしはなんとも無かったよ?」
膝に座る悟空の髪をタオルで拭きながらが口を挟む。
「妖怪のみに効く回春泉、というところか…男のみ、という可能性もあるが…」
「三蔵も浸かれば判んじゃねぇの?」
「……死ぬか?」
軽口を叩き、三蔵に小銃を突きつけられた悟浄がホールドアップする。
「ダメですよ悟浄。もし三蔵まで子供になってしまったら苦労するのはなんですから」
八戒が窘める。が苦労しなければ問題がないような口調なのは気のせいだろうか。
「なぁ〜『かいしゅんせん』ってなに?」
悟空が上を…の顔を見上げて尋ねる。
「若返りの霊泉…不思議な力を持つ泉のことよ。
伝承とかお伽噺でしか聞いたことはないから実物を見たのは初めてだけどね」
悟空の頭を撫でながら答える。その姿はまるきり母子である。
「みんな、記憶…っていうか、中身は大人のままなのね?」
の質問というよりも確認の言葉に、八戒が首肯する。
「ええ。ちゃんと今までのことも覚えていますし…僕は妖怪のままです。
昔に戻ったのではなく、単に若返ったということみたいですね」
悟浄の頬の傷も、八戒の腹部の傷も元のままだ。
「状況分析もいいけどよ、問題はどうやったら元に戻るかだろ?」
悟浄の言葉に頭脳労働担当(+)が思案に暮れる。
「水を克するのは土だから……どこかに霊水を無効化する霊土があれば……」
「そんなもの何処にある?」
の希望的推測をすっぱり切って捨てる三蔵。
「わかんないけど…八戒、次の街って結構大きいんだよね」
「ええ。この辺りでは一番大きな街らしいですよ」
「寺院とかがあれば調べられないかな?ねぇ三蔵」
「俺か……」
に名指しされ、三蔵は心底嫌そうに言った。
「だってあたしじゃ寺院に入れないし、子供にはそんな書物見せてくれないだろうし」
「…………」
「そりゃぁ今のみんなすっごく可愛いけど、このままじゃ旅を続けられないし」
「……………………ちっ、行くぞ」
舌打ちを不承不承の了解とした三蔵は、吸っていたマルボロを足下に落とし踏み消すと
ジープに乗り込んだ。
それから幸いに敵襲もなく街の傍まで辿り着くことができた。
「あ、三蔵。街にはいる前に法衣は脱いでね」
運転手のがジープを停め、三蔵に言った。
「あ?」
「女だけじゃなく子供まで連れた僧侶なんて悪目立ちしすぎるわよ」
「ちっ、めんどくせぇ…悟空、俺の服を取れ」
三蔵の言葉に、悟空は身体を伸ばして荷物を取ろうとするが届かず、
かわりに八戒がシャツを引っ張り出して三蔵に手渡した。
「あと、ゴールドカード貸してくれる?3人の服とか買ってくるわ。
今の、いかにも間に合わせってカンジの服に裸足で街に入って、
もしこの街の人があの泉のこと知ってたらもっと面倒なことになりそうだし」
あの泉の効果が妖怪のみにあるのならば、3人の正体がばれてしまう可能性がある。
「じゃ、みんなに似合う服、買ってくるからね♪」
は三蔵からゴールドカードを受けとり、リアシートの3人に向かって微笑むと
街に向かって駆けだした。
「なんつーか…チャン、楽しそうじゃねぇ?」
の背中を目線で追いながらぼそりと悟浄が言う。
「楽しまなきゃやってられないでしょう。なにしろ突然三児の母ですから」
「パパは子育てに協力してくれそうにねぇし?」
ねぇ〜と顔を見合わせて首肯する二人は、傍目で見る限り天使のような子供達。
「煩ぇ、手前ぇらみてぇなガキなんざ持った覚えはねぇ」
三蔵は憮然とした表情でマルボロに火を付けた。
『…が母親ならそのポジション代わりたいくらいですけどね、僕としては』
悟空の頭を撫でながら八戒はため息をついた。
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