sai yu ki

最遊記 act2. 02


きゅっ、きゅっ、きゅっ…………………………(ぽてっ
きゅきゅっ、きゅっ、きゅっ………………………………(とてっ
「…………おい……ちったぁまともに歩けんのか!」
背後から聞こえる、だんだん遠ざかる間の抜けた足音に、
すこし先を歩いていた三蔵は不機嫌そうに足を止め、振り返って怒鳴った。
「だって、すっげーあるきづれーんだもん!すぐ転けるし!!」
即座に悟空が反論する。
「頭身が変わって転びやすくなっているということもありますし…
 できれば、僕ももう少しゆっくり歩きたいんですけど」
多少息を上がらせながら八戒が三蔵に向かって言う。
「……ふん、そろいも揃って使えねぇよーになりやがって」
三蔵はそう言って道の端により煙草に火をつけた。戻ってくる気はないが待ってはくれるらしい。
「う〜ん…靴がちょっと大きかったかなぁ?でも、も一つちいさくするとキツそうだし…」
呟きながらが悟空の足下を確認する。三蔵の言葉に身を強張らせた悟空には気づかないフリで。
「宿についたらもう一枚靴下履いてみようか?それまでは…」
は両手に持っていた荷物を左手に纏めると、開いた右手で悟空を抱きかかえた。
「うわっ?お…下ろせよ、。重いだろ!?」
「はいはいはいはい、重いから暴れないでちょうだい」
悟空の抵抗を一蹴する
「確かに猿のますます短くなったコンパスで歩くよりその方が早いかもしんないけど、
 マジ重いっしょ?チャン。左手のモン貸してみ?」
「いいのよ。『か弱い子供に重い荷物を持たせる鬼母』には見られたくないし。ありがとね」
荷物を持つという悟浄。だが八戒同様、早足の三蔵に合わせて歩くので精一杯という様子に、
はその申し出を笑顔で断って歩き出す。
が自分に追いついたところで、今度は三蔵が彼女に手を差し伸べた。
「よこせ。持ってやる」
滅多に聞かない…否、三蔵の口からは聞いたことのない台詞に、
一瞬きょとんとした表情を浮かべただが、悪戯っぽく笑うと小首を傾げた。
「右と左、どっち?」
それには答えず黙ったまま荷物を取り上げる三蔵。
「あら残念。三蔵パパが見られるかと思ったのに」
「煩ぇ。文句があるなら返すぞ」
言いながら既に先を歩き始める三蔵。
「ごめんごめん。じゃ、お願いね」
笑いを含んだ声音でそう言うとは開いた左腕を二三度振って、両手で悟空を抱き直して三蔵に続いて歩き出した。
その後、宿は2人部屋が3つとキッチンが備えられている離れを確保した。代わりに賄いは付かないらしい。
「今から食事の支度したんじゃ遅くなっちゃうから、今夜はどっかに食べに行こうね」
の決定に異を唱える筈もなく、宿から出かけた一行。
悟空の嗅覚に任せて選んだ食堂の扉を開けた。


その夜。

暗い部屋の中、ベッドの上でしきりに寝返りを打つ小さな人影があった。
小さなノックの後、ドアが開かれ廊下からの光が一条細く射し込む。
「悟空、起きてる?お薬買ってきたけど…飲める?」
「う゛〜〜〜〜〜」
ベッド横の照明を灯し、唸る悟空を抱き起こして消化薬と水を差し出す
「あれぐらいが食べられないなんて……ショックだぁ〜」
「……悟空。止めなかった身で今更こんなこと言うのはなんだけど、
 その身体で大人5人前は流石に食べられなくて当然だと思うよ」
悟空が薬を飲んだのを確認し、は悟空をもう一度寝かしつけ上掛けを胸元まで引き上げた。
「なぁんか…ちっちゃくなってからにずっと迷惑かけてるカンジがする……」
しょげる悟空には微笑むと上掛け越しに悟空の腹をゆっくりとさすった。
「そんなこと無いって。大好きな人の世話をするのは楽しいのよ。結構」
「…………………………………………三蔵も機嫌悪かったし。『使えなくなった』って」
(むしろ問題はそっちなんだね。あたしはオマケ?)
は内心で苦笑した。
(あんなの、『護る必要がないから側に置いてる』筈のみんなを護る必要が出てきたから
 自分に理由付けできなくて苛ついてるだけなのに)
いじらしい悟空がいとおしくて、はわしゃわしゃと悟空の頭を撫でた。
「三蔵が機嫌悪いのもああいう物言いするのもいつものことじゃない。気にしちゃダメよ」
と言ったものの、悟空の表情からは吹っ切れていないことが読みとれる。
「じゃぁさ…今度、体調悪いときに『悟空達にずっと迷惑かけてる』……って言ってみるけどいい?
 確か三蔵にも『足手まといは大人しくジープで待ってろ』って言われちゃったよね、あたし」
普段は敵に対してまず遅れを取ることはないだが、他の4人のフォローを必要とすることもある。
女性であるが故のハンデはを解放してはくれない。
「だってそれはしょーがないじゃん。『が元気な赤ちゃんを産む為に必要な事』なんだろ?」
けろりとした表情で言われると、却って照れてしまう。
(…………そのびみょーな言い方は八戒、よね…………深く追求するのやめとこ。なんとなく)
これに『僕の』なんて付けられていたら恥ずかしくていたたまれなくなる。
「悟空達だってしょうがないじゃない?こうなることが判っていてあの泉に入ったわけじゃなし。
 あのとき『無理しないで俺達に任せて』って言ってくれたのは悟空だったね。
 今は悟空が無理できないんだからあたしに任せて、ね?」
「……ん……わかった。…………ありがとな、
にっこり笑って自分の頭を撫でていたの手を小さな手できゅ、と掴む悟空。
「えっとさ…、さっきのもう一度やってくんない?」
「さっきの?」
なにかしたっけ?と首を傾げるに焦れたように悟空がその手を引っ張る。
「腹…なんか温かくてさ、楽になった気がする」
ああ、とは微笑んで、手を悟空の腹部に戻した。ゆっくり、優しく撫でる。
「『手当て』って言うくらいだもの。『早く治りますように』って気持ちが掌を伝って通じるのよ」
「へぇ……八戒の気孔みたいだ。優しい手だね」
何気ない悟空の言葉に、は心の中で八戒に向かって囁く。
(ほら、貴方が自分の手を厭っていてもみんなちゃぁんと判ってるんだから)
いつか八戒も気づくだろうか。否、気づいて欲しい。彼の手が罪にまみれたものではないこと。
「…………そうね。
 さっ、今日はもう寝よ?
 お薬と一緒にプリン買ってきたから明日の朝食べようね…………って、悟空?」
返事はなく、規則正しい寝息がに答えた。


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